認知療法の歴史

認知療法の基礎をなす“感情障害の認知モデル”という理論は,決して新しいものではありません.たとえば,古代ローマの哲人皇帝マルクス・アウレーリウスの次のような言葉の中にその萌芽を見いだすことが可能です.

「君がなにか外的の理由で苦しむとすれば,君を悩ますのはそのこと自体ではなくて,それに関する君の判断なのだ」

もちろんうつ病や不安症などの感情障害の認知モデルは,哲学的思索の産物ではなく,きわめて臨床的な視点から生まれたものです.その歴史は1950年代後半にまで遡ります.当時うつ病の精神分析的概念に検討を加えていた Beck は,やがて理論と臨床的事実の乖離を経験し,精神分析理論から離脱することになりました.そして,1960年代には,感情・気分の一次的障害を本質とする病態とみされてきたうつ病という“感情の病”を,“思考の障害(thinking disorder)”という観点からとらえなおす斬新な考えを公表するようになりました.これが,うつ病の認知モデルです.さらに,Beck はこの理論を治療的に応用するようになりました.これが,うつ病の認知療法です.

1970年代後半,Beck の古典的著作である“Cognitive Therapy and the Emotional Disorders”と“Cognitive Therapy of Depression”が公にされています.また,この頃から,抗うつ薬を用いた薬物療法との比較研究が次々に行われるようになり,うつ病に対する認知療法の有効性が実証されてきました.

1980年代以降,認知療法の適応となる病態は拡大する方向にあります.うつ病はもちろんのこと,不安症,とりわけパニック症,さらにパーソナリティ障害,摂食障害,薬物依存などの物質関連障害,そして夫婦間の心理的問題へとその治療的試みは広がっています.認知療法は,アメリカ,ヨーロッパを中心に,多くの臨床家の注目を集める精神療法へと発展しているのです.

わが国への Beck の認知療法の紹介は,1980年代後半から活発になりました.認知療法に関する著書や訳書,論文が現れはじめ,わが国においても精神科医や心理職の間に関心が高まっています.そして,認知療法は,1990年代には,「行動療法」と合体して「認知行動療法」と呼ばれるようになり,技法の幅が広がってきました.

日本認知療法・認知行動療法学会 広報委員会
2018年10月編集