認知行動療法の発展

  1. 認知療法は,1990年代には,「行動療法」と合体して「認知行動療法」と呼ばれるようになり,技法の幅が広がってきました.
  2. 認知行動療法は,はじめは,うつ病に対する治療法として確立されました.その後,パニック症・強迫性症・パニック症などの不安症や,発達障害,摂食障害,統合失調症の症状(幻覚や妄想),パーソナリティ障害にも適用されるようになってきました.近年では,認知行動療法はがん,高血圧症,肥満症,糖尿病や過敏性腸症候群などの身体疾患や,不眠や慢性疼痛に対しても活用されるようになってきています.
  3. 認知行動療法は,うつ病と不安症に対する有効性が科学的手法にて確かめられています.また,発達障害,摂食障害,統合失調症の症状やパーソナリティ障害などに対する認知行動療法の効果もいくつもの臨床試験を通して実証されてきています.
  4. 治療効果を実証的に確かめながら,治療技法を開発してきた.こうした考え方をエビデンス・ベースの臨床実践と呼びますが,認知行動療法は,こうした考え方に立ち,効果の明らかな技法を用いようとしてきました.
  5. 世界的に見ると,認知行動療法は精神療法の世界標準(グローバル・スタンダード)となっています.アメリカの保険会社やイギリス政府は,認知行動療法の治療効果を正式に認めています.欧米の精神療法のガイドラインには,認知行動療法が推奨されています.いかがわしい民間療法の被害が絶えない欧米社会において,認知行動療法は高い信頼を得ています.
  6. このように世界標準となった認知行動療法ですが,日本においては,普及が十分に進んでいません.「認知行動療法を受けたいが,どこの機関に行けばよいか」という問い合わせを多く受けますが,実際のところ,まだ認知行動療法を実施できる機関はそれほど多くありません.今後,日本でも,質の担保された認知行動療法を実施できる機関を増やしていくことが急務となっています.
  7. 日本の厚生労働省は,多くの大学で研究班を組織して認知行動療法の研究が進められ,その成果を踏まえて, 2010年よりうつ病(うつ病等の気分障害)に対して認知行動療法は一定の要件を満たせば保険診療で治療を受けることができるようになりました. 2016年にはパニック症(パニック障害),社交不安症(社交不安障害),強迫症(強迫性障害),心的外傷後ストレス障害(PTSD)に保険診療の対象がひろがり,2018年には神経性過食症が加わりました.
  8. 欧米では,認知行動療法の治療者養成の制度も整っています.アメリカでは,米国精神医学会の精神科専門医研修の必修科目として認知行動療法が組み入れられていて,精神科医の専門研修のあいだに15-30時間の講義と2-5例の症例スーパービジョンが行われている大学もあります.米国心理学会認定の臨床心理士養成大学院では,8割のコースが認知行動療法を実習に取り入れ,半数のコースが,認知行動療法を最も主要な技法としています.イギリスでも,英国心理学会認定の臨床心理士養成大学院において,認知行動療法が最も主要な技法となっています.わが国の日本精神神経学会の精神科専門医研修プログラムの研修カリキュラムでは,専攻医の2年目には精神療法として認知行動療法と力動的精神療法の基本的考え方と技法を学び, 3年目には認知行動療法を上級者の指導の下に実践することを研修到達目標としています.一方,わが国の公認心理師の養成大学・大学院カリキュラムにおいても,公認心理師に求められる役割・知識及び技能として,医療分野および司法・犯罪分野において認知行動療法がとりあげられ,大学院カリキュラムの心理実践科目の中で「行動論・認知論に基づく心理療法の理論と方法」(つまり認知行動療法)が必修となっています.いずれにおいても,認知行動療法の十分なトレーニングを提供できる専門家の供給が喫緊の課題となっています.

日本認知療法・認知行動療法学会 広報委員会
2018年10月編集