臨床の現場における認知行動療法

1990年代は,日本社会の大きな転換点であったといえます.かつて安全で繁栄していた日本は,1990年代を境として大きく変貌しました.メディアでは,うつ病や自殺,ひきこもりやニート,犯罪や非行,PTSD,ストレスといった心理的問題が毎日のように報道されるようになりました.とくに,うつ病や自殺に対しては社会的な関心が高まっています.職場における過労やうつ病の増加が社会問題となり,抑うつの低年齢化も指摘されるようになりました.また,抑うつと関連が深いとされる自殺についてみても,2012年からは自殺者数が年間3万人を下回ったものの,主要7か国の先進国の中で自殺死亡率は依然として最も高く,わが国の15~34歳における死因の第1位が自殺であるように,若い世代の自殺は深刻な状況にあります.

こうしたメンタルヘルス問題の解決に対して,認知行動療法は大きく貢献しています.世界の認知行動療法の臨床家はこうした問題と日々格闘し,いろいろな技法や解決策を開発してきました.日本認知療法・認知行動療法学会では,そうした技法の具体的な情報が提供されています.

病院では

近年わが国では,うつ病や不安症,PTSDといった精神疾患がメディアをにぎわすようになりました.病院では,こうした精神疾患の患者さんが増えています.認知行動療法は,こうした精神疾患に対して大きな治療効果をあげており,世界の精神療法のスタンダードになっています.最近,病院で行われる取り組みの様々な場面においても,認知行動療法が活用されるようになっています.例えば,統合失調症やうつ病,双極性障害といった精神疾患に対する心理教育や入院治療プログラムなどに認知行動療法が取り入れられ,患者さんの退院支援や外来診察継続の定着のために活用されています.このように,医師(精神科,心療内科,小児科,内科など),心理職,看護師,福祉職など多くの職種が協働して認知行動療法を実践するようになっています.

企業では

企業においては,勤労者にうつ病が発症するケースが増加しており,特に自殺者数の急増も大きな社会的問題となっています.認知行動療法は,職場でのうつ病の発見と治療,予防に大きな力を発揮することが期待されています.また,従業員のストレス管理(ストレスマネジメント)について,認知行動療法は,具体的な指導法を提供しています.たとえば,ある電力会社では,発電所に勤務する従業員に対して,認知行動療法にもとづくストレスマネジメントプログラムを実施し,緊急時対応や通常時の従業員のこころの健康管理に努めています.

学校では

学校では,学級崩壊,いじめ,学力低下などの問題や,発達障害のある児童生徒のインクルージョンなど様々な課題がクローズアップされています.認知行動療法は,児童・生徒の不適応の予防と指導について大きな効果をあげており,こうした問題の解決に大きく貢献しています.教育関係者でも,認知行動療法に興味を持つ人は増えています.

司法機関では

最近の日本では,青少年の非行や少年犯罪の増加,麻薬や薬物依存の常習化や依存症状が憂慮されており,司法機関ではこのような非行や少年犯罪への処遇に頭を痛めています.認知行動療法は,怒りのコントロール法や薬物乱用のコントロール法などを発展させており,犯罪への処遇に大きな効果をあげています.また,認知行動療法は性犯罪の再犯予防においても早くから取り入れられてきました.こうした背景から,認知行動療法に興味を持つ司法関係者も増えています.

日本認知療法・認知行動療法学会 広報委員会
2018年10月編集