学会設立前史:日本認知療法研究会の設立

認知療法(cognitive therapy)はアメリカの精神科医Aaron T. Beck 博士がうつ病治療のために1960年代に開発されたた精神療法であるが,わが国に積極的に紹介されるようになったのは1980年代後半以降である.とりわけBeck の主宰するペンシルベニア大学認知療法センターからArthur Freeman博士が来日した1989年(平成10年),「認知療法元年」とも称すべきこの年を境として,それまで散発的になされてきた研究や臨床報告は急激に増加した.これを受けて,同年に『認知療法・認知行動療法全国連絡会議』が大野裕(慶應義塾大学) の呼びかけで,何回か開催された.また,東京や京都などでは定期的な研究会や勉強会が始まった.しかし,『認知療法・認知行動療法全国連絡会議』以後はこれを継承する全国的な組織がないまま何年かが経過した.

1998年(平成10年)3月7日,認知療法に関心を寄せる人々が一堂に会し情報交換を行い,その蓄積を広く臨床の場に還元できるよう,『日本認知療法研究会』を設立することが,京都府立医科大学での第1回研究会(共催京都府立医科大学精神医学教室)において承認された.席上,会則の承認とともに,大野裕が研究会会長に選出され(1999年再選),事務局は鳴門教育大学井上和臣研究室内に置かれることになった.また,2000年(平成12年)7月には監事として小谷津孝明(日本橋学館大学)と福居顯二(京都府立医科大学)が承認された.

日本認知療法研究会第2回大会は慶應義塾大学医学部で大野会長のもと1998年(平成10年)10月に開催され,一般演題の発表が始まった.翌1999年(平成11年)10月に は再び京都府立医科大学において第3回大会(共催:京都府立医科大学精神医学教室)が催され,新しい試みとしてシンポジウム「各専門領域への認知療法の導入と適用をめぐって」が企画された.第4回大会(大野会長)は2000年(平成12年)10月に慶應義塾大学医学部で実施されたが,このときは一般演題のほか,症例検討に多くの時間が当てられた.

学会設立準備:日本認知療法学会の設立

2001年(平成13年)5月,大阪において日本認知療法研究会会長の大野と同事務局長の井上が呼びかけ人となって,日本認知療法学会設立準備会がもたれた.準備会への参加を依頼する案内状には,以下のような研究会発足以来の経緯が綴られていた.

『日本認知療法研究会』は1998年(平成10年)3月に始まり,これまで4回の学術集会を開催するとともに,会報に相当する「認知療法 News」(季刊)を第16号まで発行してまいりました.2001年(平成13年)3月末現在,医学,心理学などを専門とする会員は220名を数えております.そこで,研究会が3年を迎えた今,認知療法をさらに臨床の場に普及させ,基礎的・臨床的研究の充実を図る目的で,『日本認知療法研究会』を発展させた 『日本認知療法学会』(仮称)の設立を計画しております.折しも,2004年(平成16年)に神戸で開催予定の世界行動・認知療法会議(WCBCT)に向けた準備が活発になっておりますが,認知療法に関わる学会を組織することにより,いっそう積極的な貢献ができるものと確信しております.

学会設立準備会では,学会設立の趣旨について大野が述べた後,学会の名称を審議することから議事は始まった.学会名は『日本認知療法学会』,英語名は日本認知療法研究会との連続性を考慮し,『The Japanese Association for Cognitive Therapy(JACT)』に決定した.会則ではとくに組織の充実が論議され,役員構成が明確になった.また,学会誌の発行は段階的にこれを実現していくことで同意された.最後に第1回学術集会の予定が提案され了承され,これらは正式には京都府立医科大学での第1回日本認知療法学会において承認された.

日本認知療法学会のあゆみ

第1回日本認知療法学会が福居(京都府立医科大学精神医学教室教授)会長のもと同大学図書館ホールを会場として開催された.プログラム・抄録集のはじめに,福居は次のように述べている.

1998年(平成10年)3月に日本認知療法研究会が発足し,その第1回の研究会が私どもの大学の臨床講義棟で開催されました.(中略)以後,京都府立医科大学と 慶應義塾大学で交互に2回ずつ行われ,今回第5回を迎えるところでした.昨年の会から,本研究会を学会規模に格上げできればというお話があり,急遽,第5 回研究会を,第1回の学会としてお世話させていただくことになりました.(中略)初めての学会ということで,11人のプログラム委員の先生方のご意見をお伺いしながらのスタートとなりました.(中略)内容としまして,シンポジウムでは「各疾患・病態における認知療法の実際」というテーマで4人の演者から発表いただきます.症例報告が1題,一般演題12題に加え,私も日本での認知療法の現状についてお話させていただきます.引き続き,昨年から始まった第2回認知療法研修会もおこなわれ,お陰様で第1回の学会プログラムとしてはオーソドックスなものにまとまったのではと思っています.(以下略)

当日は医学,心理学,学校教育関係者を中心に,約150名の参加を得て,多様な専門職からなる学会の特性が継続される形となった.一方で,臨床における診断の重要性が学会冒頭から議論され,懇親会の席上でも話題となるほどであった.研究会のときとは異なる風が吹きはじめた感があった.

当学会の学術大会は,日本行動療法学会(現 日本認知・行動療法学会),日本サイコオンコロジー学会,日本摂食障害学会,日本うつ病学会との同時・合同開催も含めてこれまで17 回以上を数えている.会員数も,研究会発足時は50名であったものが,学会発足時には300名,2018年(平成30年)10月1日現在は1900名まで増加している.

学会名称変更:日本認知療法学会から日本認知療法・認知行動療法学会へ

2010年度(平成22年)診療報酬改訂より,認知療法・認知行動療法が点数化されることとなった.これを受け,当学会としても医療の分野でも本学会が積極的に貢献していることを明確にすることの意義から学会名称を「日本認知療法学会」から「日本認知療法・認知行動療法学会」へ変更することが検討された.学会名変更に関する会員の意見を聞いたうえで,2016年(平成28年)1月1日より,学会名称は『日本認知療法・認知行動療法学会』に変更された.英語名はこれまでの連続性を考慮して,変更せず『The Japanese Association for Cognitive Therapy(JACT)』が引き続き使用することとなった.翌年の2017 年(平成29年)7 月より新名称を冠した学術大会が開催された.
認知療法・認知行動療法の診療報酬化は,当初はうつ病等の気分障害に対してのみが対象となっていたが,その適応は強迫性症, 社交不安症,パニック症,心的外傷後ストレス障害や神経性過食症にまで拡大されており,施術者についても医師のみではなく,看護師の行ったものも算定されるように領域が拡大していっている.今後も当学会は,学術面・臨床面・教育面において日本における認知療法・認知行動療法の発展に寄与していきたいと考えている.

第1回日本認知療法研究会で紹介したAaron Beck博士から寄せられた期待に応えていくことは,不易の課題と自覚している.

…I am sure that bringing together the various mental health professionals who are interested in this approach to treatment will help to integrate everybody’s work and I’m sure will lead to important research. …I am sure that the group will take a leadership role, not only in the East, but throughout the world. May I wish you and the new Association for Cognitive Therapy my heartiest congratulations and high expectations for a very rewarding opportunity to disseminate cognitive therapy.

日本認知療法・認知行動療法学会 年表

出来事
1989年 Arthur Freeman来日 以降,認知療法に関する研究・臨床報告が増加
1989年 認知療法・認知行動療法全国連絡会議  
1998年 第1回日本認知療法研究会 京都府立医科大学にて開催.
1998年 第2回日本認知療法研究会 慶應義塾大学にて開催.以降,京都府立医科大学と慶應義塾大学にて交互に開催.
2001年 第1回日本認知療法学会 学術大会 学会になって初の学術大会.京都府立医科大学にて開催.
2003年 学会会員数が500名を超える  
2005年 学会会員数が1000名を超える  
2010年 平成22年度診療報酬改訂 認知療法・認知行動療法が保険点数化される.
2016年 日本認知療法・認知行動療法学会に名称変更  
2017年 第17回日本認知療法・認知行動療法学会開催 新名称を冠した初の学術大会.うつ病学会総会との合同開催.